2004.12.17


住宅地の犯罪防止−住まいを戸外に開くことで守る−
(都市住宅学48号掲載、都市住宅学会)

はじめに−住まいの要塞化への疑問−

 近年、住宅犯罪の質が大きく変化しているといわれる。かつては、出来心や個人の犯行という側面が強かった空巣等の犯罪が、ピッキングの多発に代表されるようにプロ集団による計画的犯行へと変質しているとされる。このような現状を受けて、住まいの防犯に対する関心が高まっているが、一部には、疑問を感じる風潮もみられる。

それは、下町の路地のような近隣の眼のある環境が犯罪を遠ざけるというのは、過去の牧歌的な防犯対策にすぎないという風潮である。さらに、今日増えている組織的な侵入盗に対しては、住まいを外部に対して閉鎖化・要塞化し、さらに防犯カメラと連動したプロによる防犯対策が必須であるという考えである。

 しかし、この考えは正しいのだろうか。

 私は、防犯対策=住まいの要塞化、という風潮への批判的立場から、「住まいを戸外に開くことで守る」ことを主張したいと思う。この主張は、私が「集住のなわばり学」(彰国社、1992)で示した防犯のあり方である。この著書は、15年以上前の社会状況に基づくものであるが、しかし、そこで示したものは決して昔の牧歌的な主張などではない。人間心理に基づく防犯対策の基本であると考えている。

このような私の主張は、アメリカにおけるニューマンの「守りやすい住空間」(1976)、その翻訳者であり日本で防犯を研究した湯川利和(1987)らの成果に学び、それを発展させたものである。ニューマンらの研究は、建築空間が犯罪を防ぐという視点を重視した、いわゆる空間犯罪学の研究であり、その後、空間至上主義だとの批判から地域活動の重要さ等が主張された。しかし、そこで提起された「自然監視」「テリトリー」などの考え方は、建築学や社会学を問わず、犯罪に関わる人間行動・心理の共通原理であると考えている。

 その成果からみると、住まいを要塞化することは、住民の自然監視や領域性を弱めることで、実は、地域社会としての犯罪抑止力を弱めている。

以下で詳しく論じたい。(続きは、都市住宅学48号、2005年1月発行予定を参照して下さい)


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